目を閉じれば嫌でも鮮明に思い出される記憶の中の光景。
あちこちが血に塗れた修練場。床に伏した父。立ち去る銀髪の男。泣き叫ぶ幼いヒカリ。
カヤにとって、父親との死別であった。
どれほど厳しい修練を重ねようともカヤの記憶からその光景が消えることは無かった。 たとえ、父を殺めた男―――グリードを倒したとしても結果は同じであった。
カヤ自身は気付いていた。大好きな父を失った事実と、そして自分達だけが残されてしまったという現実を受け止めきれていないことを―――。
結局、父の仇を討つという目的に生きてきたことは、父の死に対して自分がどう向き合っていくのかという答えから目を逸らし、 問題をすり替えていたに過ぎなかったのだ。
ぴんと張り詰めた修練場で、カヤは一人座して静かに黙考し続けていた。
庭から入り込む穏やかな風が、花の香りを運んでくる。
“私には、まだ父さんの死を受け入れるだけの強さがないのかもしれない…でも…。”
それでも己の内と向き合うことで、カヤは良しとしていた。
無理に父との思い出を心にしまう必要はない。少しずつでも、現実を受け入れられる強さを持つように、精進していけばよい。 それが今のカヤに出せる、精一杯の答えであった。
遠くでカヤを探すヒカリの声がした。今日は父の命日であり、二人は一緒に墓参りへ行く約束をしていたのだった。 軽い足音が段々と近づいて来て、修練場の戸がすっと開く。
「お姉ちゃん、やっぱりここだったんだ。そろそろ行こうよ。」
カヤを見つけたと笑顔で喜ぶヒカリ。
「ええ、そうね…。」
そう言って、ゆっくりと立ち上がりながらカヤはふと思った。ヒカリはどんな答えを見つけたのだろうかと―――。
花と水桶を持ち、夕方の境内を父の墓へと向かうカヤとヒカリ。
二人が霊園に差し掛かると、声を荒げる男性の声が聞こえてきた。睦月家の墓がある方角のようだ。 霊園の中を急いで進んでいくと、墓の前にいた二人の男性が彼女達に気付いた。
言い争っていた二人の男性は、彼女達が良く知っている人物であった。 一人は自分達の祖父、そしてもう一人はハザマと呼ばれていた人物だ。 カヤとヒカリの表情は驚きのそれから警戒へと変わる。持っていた花と水桶が足元に転がった。
「なぜ貴方がここに…。」
カヤは身構えながら当惑を隠すよう、ハザマに向けて冷たくそう言い放つ。 苦い表情をする祖父に対し、ハザマの方は軽い世間話をしていたかのようだ。
「お久しぶりです、睦月カヤさん、ヒカリさん。お二人ともお変わりの無いようでなによりです。
そう警戒なさらなくても結構ですよ。本日は、お父上の命日ということでお墓参りをさせていただきにあがっただけですから。 お二人のお邪魔をしてはいけませんので、私はこれで…。」
ハザマはそう言って軽くお辞儀をすると、ゆっくりとした足取りで霊園を去っていった。
カヤと擦れ違いざまに、“お待ちしていますよ”と一言残して。
「ねぇお爺ちゃん、なんであの人がここにいるの?何を話していたの?」
そう祖父に聞くヒカリに対し、
「なに、彼も清十郎の墓を参りに来ただけじゃ。ワシとは世間話をしておっただけじゃよ…。」
祖父は、静かに答えるのみであった。
それから数日後、カヤの元に漆黒の封筒が届く。差出人は不明であった。
封を切り、手紙に目を通すカヤ。内容は、第6回F.F.S.の開催とカヤ、ヒカリの参加を促すものだった。 最早どうでも良いと、その手紙を破り捨てようとしたカヤの目に、ある一文が飛び込んだ。
『…第1回F.F.S.優勝者、睦月清十郎氏のご息女である貴女方であれば…。 …もし、今回のF.F.S.に参加していただけるのであれば、御父上の詳細を…』
「っ!」
驚きに目を見張るカヤ。
「…そんな…なぜ父さんがF.F.S.に…?」
あの優しかった父がF.F.S.という血生臭い格闘大会に参戦し、優勝していたというのか。
父の死に対し、己の答えがはっきりと見出せていない彼女にとって、この手紙の内容は到底無視できる物ではなかった。